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僧侶、ゲイバーへ行く。2|S-Labo

僧侶、ゲイバーへ行く。2

本多 清寛
LGBTゲイバー性的マイノリティSOGI

本多です。今回はゲイバーでの出来事で興味深かったことをお伝えします。ゲイバーには出会いのためのバーと、観光バーやミックスバーと呼ばれるバーがあります。私が行ったのはミックスバー。おしゃべりを楽しむところですが、罵倒されるのを楽しむ女子もいました。その罵倒も心地いいのでしょう。居心地の良い空気を作る、ママの能力を解説します。

夜景

ゲーダーという特殊能力

私が行ったゲイバーのママにはゲーダーという特殊能力がありました。店に入ってしばらく喋っていると、男女のカップルが入ってきました。ママがそちらの方にオーダーを取りに行くと、いきなり「あんたゲイ?」と聞いたのです。一見すると、仲の良いカップルという感じだったのに、何故かすぐに分かっているのです。おそらく、私が持つ僧侶発見器官と同じなのでしょう。スキンヘッドの人が僧侶かどうかが分かる能力のことです。

ママのハイレベルな気遣い

LGBTなどの自分のセクシャリティを他者に伝えることをカミングアウトと言います。それは自らのタイミングで行うべきであり、また行わなければならないものではありません。ですから、ママが勝手にその人をゲイだと言ってしまうのは責められるべきことなのです。しかし、店に入ってすぐのタイミングということと、ママの冗談っぽい言い方によって、ゲイでなくとも問題ない雰囲気でした。つまり、せっかくゲイバーに来たのだから、ゲイとして話しましょうという気遣いと、言わなくても店で楽しく過ごしてもらえるような気遣いを同時に行っていたのです。私は、ゲーダーよりも、この気遣い能力に驚愕していました。

お坊さんとして考えさせられた。

「私が末代」これは、ママが冗談で言っていた言葉です。ゲラゲラ笑いながら、私が末代だから申し訳ないのよぉという言葉に、私は考えさせられました。住職は檀家さん達のお墓を守り、その家系が末永く続くように祈ります。しかし、同性愛では子どもが生まれません。私たち日本の僧侶が行ってきた先祖供養は、同性愛者の方々を責め続けていたのではないかという疑念が湧き起こってきました。もちろん、先祖供養は家系の継続性を求めるものではなく、個人の冥福を祈る供養です。しかし、お坊さんが家を続けていくことの大切さを説いてきたことは事実であり、それが子どものいない人たちへの攻撃になっていたのではないかと思うのです。これは、性的マイノリティの方だけではなく、子どものいない方々に対しても同じです。私は深く考えさせられました。

私は何かという問い

ゲイバーのママはゲイでした。自らがゲイであるということを自覚し、私と接してくれました。では、私は何なのでしょうか。本多という姓を持ち、お寺の長男として育てられ、僧侶であると自覚しています。けれど、本多≠私、長男≠私、僧侶≠私であり、本多+長男+僧侶≠私です。いくら足し算しても、私そのものを表現することはできません。では、私とは何なのでしょうか。

ゲイを自覚すること

私は私が何者なのかについてあまり疑問を持たずに生きてきました。お寺の後継者として期待され、そこへの反発もあまりなく、ある意味素直にレールに乗ってきました。学校で坊さんの息子と揶揄されることはあっても、友達と大きな違いを感じることはありませんでした。けれど、ゲイであることを自覚したママは、他人との違いが大きすぎることに悩んだといいます。未だに親戚の集まりなどがあると、緊張してしまうと言っていました。姿形は同じでも、他人とは明らかに違う感覚が自分の中に存在している。それは『私は何者か』という疑問を強制的に突きつけられている状態といえます。自分自身に置き換えて考えたら、私は息苦しくなってしまったのでした。

他人が言うことでは無い

私は「それはとても苦しいですね」と伝えました。するとママは「うわ、重っ」と答えてくれました。我に返った私は、自分の鬱陶しさにあきれ果て、少々大げさに謝罪をしました。勝手に苦しんだ挙げ句に、分かったような振りをして同調してしまったからです。
すごく恥ずかしい。

私が何者なのかは他人が決めるものではなく、私が勝手に決めればいいものです。それを決める時の苦しさは人それぞれあります。私のように「私」を知らなくても生きて行ける人もいれば、「私」が分からず苦しい人もいます。「うわっ重っ」というママは、目の前に座ってハイボールを飲む空気の読めない坊主にムカついたのでしょう。これからは安易に同調せず、相手の苦しさを知りつつも、一番良い相づちを見極められる僧侶になりたい。

そう誓ったゲイバーの夜でした。

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