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時代遅れの日本の婚姻|S-Labo

時代遅れの日本の婚姻

本多 清寛
研究婚姻恋愛結婚歴史

「結婚」は男性と女性が正式の夫婦関係を結ぶこと
「婚姻」は男性と女性が夫婦関係を結ぶ法律行為を行うこと

どちらも夫婦になることに変わりないけれど、結婚は特に周りの人達に夫婦関係を認められることで、婚姻は法律的に夫婦関係を結ぶことを指すという違いがあることに気が付き、昔の日本のことが気になって、調べてみました。

割と自由な平安時代。

恋愛や結婚という記録が出てくるのは、平安時代です。この時代の恋愛は基本自由。しかし、出会うことが難しいんです。良家のお嬢様だと、家の奥で生活しており、偶然出会うなんてことはありません。移動の時は、籠の中ですから遠くから見るなんてこともなかなかできないわけです。じゃあ、どうするのかというと男性は情報収集、女性は自分磨きです。男性は風の噂で聞いた美しい姫君の居場所を見つけ、置き手紙をしたり、和歌を詠んでみたり。女性は教養を身につけたり、髪を伸ばしてみたり。お互いに気持ちが通じ合えば、実際に会うことになります。ここまで、互いの顔も知りません。しかも、会えるのは真夜中。昔は電気もありませんから、会ったとしても顔が分からないなんてこともあったようです。今とは全く違いますね。

庶民の恋愛。

さて、和歌を詠んだりできるのは公家の人びとだけで、平安時代の庶民はまだ竪穴式住居に住んでいます。そうした人びとの恋愛はどうかというと、より自由なものだったようです。子どもが生まれたら、産んだ女性が父親を指名して夫婦となります。貧しい人が多いですから、子どもを村全体で育てることも普通でした。今とは恋愛そのものの意味が違っているようにも思えます。

日本に婚姻がやってくる

今のような戸籍で国民を管理するようになったのは明治時代です。それにともない、夫婦であることを国に提出するようになりました。つまり、婚姻制度がやってきたわけです。明治維新は、欧米諸国に日本を近代国家として認めさせる運動でもありました。認めさせる条件には、夫婦の形を法律的に定めることも含まれていたのです。

結婚と婚姻

さて、明治の日本で決められた婚姻制度が今のように機能していたかというとそうでもありません。明治10年代の離婚率は、世界でも飛び抜けて高かったようです。アメリカと比べると、驚くべきことに四倍以上、イギリスと比べると150倍。驚きの数値でした。日本でも上流階級では離婚は恥と考えられていましたので、この数値は庶民のおおらかな恋愛事情を反映しているようです。つまり、血縁の後継者ではなく、地域社会の後継者さえいれば問題ないのであれば、生涯に一人との結婚にこだわる必要がないともいえるのではないでしょうか。

仏教と結婚が消えなかった理由

必要な人がいっぱいいたから。これに尽きます。仏教を必要とする人達がいたからこそ2500年を超える途方もない時間が経っても消えません。結婚も同じです。地域や人間によって形は違えども、夫婦となったことを伝えるという機会が失われたわけではありません。ただ、仏教が全ての人に必要とされるわけではないように、結婚も全ての人がするわけではありません。しかし、必要とする人は消えないのです。

結婚は時と場合でいいんじゃないか?

信じることは大切なことです。けれど、何かを信じられる時と信じられなくなる時があります。それは人によっても全く違います。仏教との関わり方が時と場合と人によって違っているように、結婚も同じなんじゃないでしょうか?

離婚をおすすめするわけではありません。けれど、時と場合によってパートナーを信じる心は揺れ動いてしまうものです。それを、結婚しているからという理由で抑え付けることは悪いことだと思うのです。幸せになりたくて結婚して、幸せを感じないのであれば、何かがおかしいのです。その何かを見つけるには、落ち着いた時間がないと見つかりません。なので、一回離れるという選択肢はあって然るべきものでしょう。

家督相続というものが、戦前の家制度とともに廃止された以上、結婚は家を継続させるためのものではありません。もちろん、継続させるために結婚しても問題ありません。ただ、継続を強制しようとする今の婚姻制度は、少しばかり時代にそぐわないのではないかと思うのです。

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