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僧侶派遣業の話|S-Labo

僧侶派遣業の話

本多 清寛
派遣業お金布施

お坊さんの仕事が法事になったのはいつ頃なんでしょう。お釈迦様は、葬儀は在家の人々に任せ、出家者達は修行に専念するようにおっしゃいました。また、日本に初めて来た仏教は国家のための宗教で、庶民のものではありませんでした。現在のように死者供養=僧侶となるには、大きな社会の動きがあったはずです。今回はそうした歴史を踏まえ、僧侶派遣業について考えてみます。

僧侶派遣

密林から派遣される僧侶

有名な通販サイトから、お坊さんを派遣するチケットが売り出されました。この派遣サービスそのものは以前から行われていたのですが、大手サイトでそのチケットが扱われたということで、ニュースになったのだと思います
SNSを使っている僧侶仲間のタイムラインも、このサービスについて語っている人が多くいました。筆者もその中の一人です。個人としては「僧侶派遣そのものには賛成だけれども、僧侶に支払うお布施が料金となっていることには反対」という立場になります。

お布施は難しい

曹洞宗では「布施は不貪なり」と示されます。自分の所持するものを全て使い切らず、余りを残すこと。そして、自分の得たものを自分以外に与えるという行為が布施です。どちらも、対価を求めたものではないため、必然的に料金という形で明示することはできません。
しかし、実際には「お布施は法事で支払うもの」と考えられています。それは事実です。また、お布施を用意される方々にとって、生き方云々の理想論よりも、僧侶に支払う額面が問題なのは当たり前でしょう。本来、布施という教えが生き方のことであっても、それを実行するのはかなり難しいものです。

僧侶はどのような存在だったのか

もともと日本に仏教が来たのは国のためでした。従って僧侶も国家のための存在でした。つまり、公務員のようなものだったので、国家のために活動していればお金や生活の心配をする必要はありませんでした。しかし、仏教が広がるにつれ、ぼんやりと国家仏教か庶民仏教に分かれていきます。それでも、貧しい寺院がなんとかなっていたのは、寺領や寺請制度などがあったからです。GHQによる農地解放まで、土地のあるお寺は、その土地を耕す小作人と共に生きていました。お寺で修行する僧侶は小作人から食料を得て、小作人は寺領を耕すことで生活の糧を得ていたのです。そこでは、自分たちが育てた農作物を布施する人々と、修行によって得た功徳を布施する僧侶の関係がありました。布施はお金だけではなかったのです。

僧侶派遣業の一考察

理想論からいえば、お布施は料金で表せるものではありません。しかし、現代はお金として収入がなければ寺院を存続させていくことができません。ですから、お布施の部分と継続のための費用の部分を分けていくべきではないでしょうか。派遣会社が僧侶の紹介をするのならば、派遣にかかる費用を料金とし、僧侶に渡すお布施を分けた方が良いと思うのです。これでは、いくら包めばいいのか分からないという問題がまた生じます。ですが、供養して安らぎを得るということを考えるならば、お布施の金額も自分が安らいでいられる金額で良いのです。だからこそ、お布施はお金ではなく気持ちが表されるものになります。
厳しい言い方かもしれませんが、お布施の金額によって寺院運営が立ちゆかなくなることこそ問題だと考えています。金額が少なければ多くの人に募る、多ければ地域の人達に還元していく、それが出来るような寺院を目指すべきなのでしょう。

布施のダイナミズム

僧侶ではない方からすれば「お布施をもらう側が文句言うな」という気持ちもあるでしょう。また、税金を優遇されているくせにという意見もあります。それに対して、僧侶側から反論を述べたい気持ちになることもあります。

ただ、筆者が一番悲しいのは布施のダイナミズムが理解されていないことです。一定の金額が定められないからこそ、永遠に続くことができます。もし、法事一回一万円と決めてしまえば、色んな背景を持つ人達に対応していくことができません。決めないからこそ、目の前の人にとって一番良い方法を考えることができます。ある意味、一番面倒くさい方法こそが、続くために不可欠なプロセスなのです。

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