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日本とタイの宗教的な繋がり~日タイ友好130周年を記念して~ 第3回 仏舎利を日本へ|S-Labo

日本とタイの宗教的な繋がり~日タイ友好130周年を記念して~ 第3回 仏舎利を日本へ

中野 孝海
歴史日タイ友好130周年

日本とタイとの間に修好宣言が結ばれてから今年で130周年。この間両国は食や文化だけでなく、経済的にも政治的にも友好な関係を築いてきました。その一方で、両国間との間に宗教的な結びつきが存在し、その証明ともいえる存在が今もなお国内で大切にお祀りされていることはあまり知られていません。

 連載3回目となる今回は、日本への仏舎利の寄贈を実現するために活躍した人物たちに焦点を当ててお送りします。

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ワット・ポー寺院内にお祀りされている涅槃仏。

国外での働き

 明治の終わり、タイ王国からミャンマー、スリランカ、ロシアの3国へと贈呈された仏舎利。当時タイ王国に公使として駐在していた稲垣満次郎は、仏舎利が国外に贈呈されたことを知り、親交のあったテーワウォン親王に次のような内容の書簡を送りました。

「是非同じ仏教国である日本にも、友好の証として仏舎利の一部を贈呈していただけないだろうか。」

 稲垣の思いは親王を通じてラーマ5世へと伝えられ、快く受け入れました。ただし、仏舎利の贈呈に関して、ラーマ5世から次のような条件が出されます。

〝この仏骨(仏舎利)は、一宗派に与えるものではなく、日本国の仏教徒全てに与えるものとする〟

 ラーマ5世は、日本中の仏教徒へ功徳が行き渡ることを願い、仏舎利の贈呈を承諾されたのでした。

日本での動き

 1900(明治33)年4月18日。ラーマ5世の言葉を受け、日本の仏教教団13宗56派(当時)の代表が集まり、京都の妙心寺において仏舎利の奉迎に関する会議の場が設けられました。

 会議は3日間にわたって行われ、その中で浄土真宗・真言宗・曹洞宗・臨済宗から1名ずつ、仏舎利を奉迎するためにタイ国へ派遣されることが決定しました。その他にも随行する学者や通訳などが選出され、合計で18名の人物が日本からの奉迎団として現地へ派遣されることになったのです。

 そして1年後の5月22日、奉迎団一行は各宗派の代表33名分の署名のなされた信任状と、日本の仏教徒の期待を携え、神戸港を出発しました。途中上海、香港、シンガポールを経由し、バンコク市内に到着したのは出発から3週間後の6月12日の朝と伝えられています。

 異国の地である日本から訪れた奉迎団一行は、タイ国で過ごした8日間は国賓級の待遇を受けたと記録されています。その中で政府関係者だけでなく、現地の様子を視察したり、寺院や僧侶の下を訪ねるなどして互いの意見を交換したり、親睦を深め合ったりしたそうです。

ラーマ5世の言葉

 そして仏舎利の授与式が執り行われる前日、奉迎団一行は初めてラーマ5世との謁見が許され、王宮へと赴きました。

 言葉を交わしていく中でラーマ5世は、社会制度も習慣も全く異なる国から遥々やってきた奉迎団一行と出会えたことに対する喜びを表し、仏教という繋がりを通して仏舎利を贈呈するという大変名誉な役目を担うことができて大変喜ばしいことであると述べられました。

 そして最後には次のような言葉を述べられております。

日本の仏教徒が海外の仏教徒のことを熟知し、より一層交際が親密になった後には、日本の仏教がますます活発なものになることが、私が最も願うところであります」※下記に全文を掲載。

仏舎利の贈呈

 一国の王であり、熱心な仏教徒でもあるラーマ5世の願いを受け、到着から4日目、王宮のすぐ側にあるワット・ポー寺院において仏骨の授与式が厳かに執り行われました。

 円錐状の黄金塔 に納められた仏舎利は、当時の勅使文部大臣であったパスカラウォングセ候の手から奉迎団の代表へと手渡され、日本の仏教徒へと贈呈されたのです。

 その後奉迎団及び今回の件に尽力した日本の外交官、稲盛萬次郎氏立ち合いの下、仏舎利は厳重に封がなされ、再び海路を経て、日本へと齎されたのでした。

〇関連記事

第1回 日タイ友好130周年

第2回 仏舎利について

第4回 日本への帰還

第5回 覚王殿の建設

第6回 再びタイ国へ 

ラーマ5世の言葉(『仏骨奉迎譚』「三 暹羅皇帝に謁見す」より引用)

 仏教徒の奉迎使を見ることは朕の喜ぶ所なり。且つ日本は暹羅(当時のタイ国)より遠隔の国にして、制度も習慣も、ある場合には異動なきに非ざれ共、尚同一宗教を信ずる同教国なることを信認するに於て朕が慢心の歓喜と満足の感情とをもって刺激せられたる熱心の程を領解ありたきことなり。

 朕は仏教の先導者にして保護者なることを承認せられし上は、奉迎使へ神聖なる遺形を分配すべき幸福なる義務を尽すことは甚だ喜ぶ所なり。従前日本仏教徒が、この神聖にして真実なる遺形の分配を得ざりしことは、彼らがその一分を得んことを希望すべしとは朕の認識せざりし所なりしが故なり。今はこの貴重なる宝物の一分を得て日本に安置し巡拝をしてその便を得せしめんとする彼等の願いを信認せし上は、これを頒与することは朕の甚だ喜ぶ所なり。

 奉迎使のこの国に来り、且つ普通共同の利益の為に開明の事業に倦怠なき尽力の程は、朕の嘉賞する所なり。日本仏教徒が海外仏教徒を熟知し、一層交際を親密にしたる後は、日本仏教のますます隆盛に赴かんことは朕の最も切望する所なり。

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