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『僧侶、ゲイバーをやる。2日目 〜酒と坊主と酔っ払いの話〜』|S-Labo

『僧侶、ゲイバーをやる。2日目 〜酒と坊主と酔っ払いの話〜』

本多 清寛
僧侶SOGI普通ゲイバーセクシャルマイノリティLGBT

2016年11月21日。

その日から僕は、ゲイバーの日替わりマスターになった。

断っておくと、僕自身はゲイではないと思っている。妻子がいる〝普通〟の男子である。

〝普通〟とは一体なんだろう?

そもそも、本当にこの世の普く全てに通じるような〝フツーのこと〟なんかあるんだろうか?少なくとも、一年間のゲイバー勤めで、僕の普通は恐ろしく広がってしまった。

もっと言えば、普通であってもなくても、どちらでも良くなってしまったのだった。

 

そんな、ゲイバーのマスターをやってみた一年間を振り返ってみた、僧侶の日記。

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僧侶、カウンターに立つ。

私が始めてお店のカウンターに立ったのは2年前の10月。まずは見習いからのスタートだった。副店長さんに手伝っていただきながら、お店の準備、掃除、お酒の作り方などなど基本的なことから教えてもらった。

余談ではあるが、ゲイバーを始めようとしていた時、世間体が悪くなるから辞めておいた方がいいと言われたことがある。また、優しい先輩からは「お前を悪く言う奴が出てくるし、子どもにもその影響があるかもしれないことを覚悟しないといけない」と諭されたこともあった。

確かに、ゲイバーをやると周りに知らせたら、僕がオカマとしてデビューすると勘違いした人も結構いた。そう考えると、人の目は気になってくる。バイトといっても皿洗いくらいしかやったことがないので技能的にも不安だ。そんな状態で働くのは結構心配だったけれども、永平寺での修行を考えれば、なんとかなるような気がしていた。

それよりも怖かったのは、僧侶とお酒を結びつけることだった。

お酒と僧侶。

お坊さんにはお酒に関してよく聞かれる質問がある。それは「お坊さんって飲んでもいいの?」という疑問である。また、あまり知られていないが、酒の売り買いを問題にしている経典もある。むしろ、禅宗では売り買いの方を問題視しているのだ。

お酒を飲むと酔う。ただでさえ酔っ払いがちな人間に対し、酔いの原因を増やすことは悪いことにつながる。これは僧侶の根幹に関わる話であり、自分自身がこれからお坊さんとして生きていけるのかに直結してしまう。僕は世間体に悩む前に、酒をすすめてしまうバーテンダーとなることに悩んでいたのだった。

そんな僕が何故「酒を売ろう」と決心が出来たのか。

それはとあるお経の影響である。

 

僧侶にとってのお酒とは何か?

禅宗で大切にしている『梵網経』というお経の注釈書には、お酒を色んな形で定義しようとする記述が見られる。そこには、「米や麦から作られるお酒」「知らないことから作られるお酒」「この世の真理から作られるお酒」があると書かれている。

これを読んだとき、梵網経では『酒』というものをモチーフに、何かに酔っ払ってしまう人間の癖を問題にしているのではないかと感じられたのだった。

例えば、アルコールを飲むと酔っ払って間違った判断をしやすくなる。物事を知らないと人は判断を間違いやすくなる。この世の真理を知ると、正しさを盲信して、間違っている人に対する対応を間違いやすくなる。

きっと、酔っ払うということは、「正しい対処が出来なくなる状態」を指しているのではないだろうか。ようするに『酒』とは、人間が正しい対処をしにくくする『何か』を指しているに違いない。

そもそも、酒の売り買いそのものを否定すれば、醸造元や御神酒といった神事まで否定することになる。僕には、昔の禅僧達の懐が、そんなにみみっちいとは思えない。むしろ、酒を飲まないことを自慢する人の鼻っ柱をへし折っていくのが、禅僧の真骨頂な気がする。

良い酔っ払いになるための酒を出したい!

酔い方にもいろんな酔い方がある。

思い出になるような楽しい酔い方もあれば、人に迷惑をかけるような悪い酔い方もある。そしてそれはその人自身のお酒の飲み方やアルコールに対する強さなどで大きく変わる。

その人の状態を見極め、いい酔い方へと導くことができる人物。それこそがカウンターの向こう側にいるマスターなのではないだろうか。

僕は僧侶として、単に酔っ払うためのお酒をすすめたくはない。どうせ飲むならいい酔っ払いになって欲しい。

椅子に座っているだけで楽しくなる酔っ払い、酔っ払ったからこそ出来る付き合い。これらは、アルコールを飲んだから生まれるものではなく、何かが良い具合に酔っ払って生まれてくるものだと思う。

僕は、お店の空間そのものをいい酔っ払いにする、そんな「お酒」を売って行きたいと思ったのだった。

 

※次回は「僕はゲイなのか?」です。

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