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#僧衣でできるもん ~僧侶の服装について考える~|S-Labo

#僧衣でできるもん ~僧侶の服装について考える~

中野 孝海
考察仏教

僧侶が法要の際に身に纏う衣装「僧衣」。

宗派によってその名称や形は様々ですが、お坊さんの勝負服といっても過言ではありません。

実は最近、この僧衣を身に纏った状態でパフォーマンスを行う動画をSNS上で投稿している僧侶が増えていることを皆さんは御存じでしょうか?

「#僧衣でできるもん」というハッシュタグと共に生まれたこの一連のムーブメントについて考察します。

 

1月28日に【追記】分を掲載致しました。

20190113_160121

僧衣と車の鍵。この組み合わせが今問題視されています。

不可思議な「#(ハッシュタグ)」

 皆さんは「#僧衣でできるもん」というハッシュタグを御存じですか?

 まず初めに「僧衣」とは、僧侶が法要などで身に纏う衣装のことであり、宗派によって色や形、名称などが異なります。この僧衣が最近密にネットやSNS上で注目を集めているのです。

 その一因となったのが、「#僧衣でできるもん」という某有名子供番組を髣髴ほうふつとさせるこのハッシュタグです。

 年末年始にかけてこのハッシュタグと共に、僧衣を身に纏った僧侶がジャグリングや楽器の演奏などを行う映像が数多く投稿さるようになりました。これらの投稿のきっかけとなったのは、平成30年12月29日に発売された読売新聞に掲載された一つの騒動に関する記事でした。

騒動のあらまし

 読売新聞の記事によると、騒動が起きたのは昨年9月、福井市内の県道でした。

 法事に向かう途中の1人の僧侶が、取り締まりを行っていた警察官に制止され、交通違反を意味する青切符を切られました。違反の内容はズバリ「運転に支障のある衣服での運転」。つまり、僧衣を着用した状態での運転を咎められ、取り締ま利が行われました。

 しかし、取り締まりを受けた僧侶は法事に向かう途中であり、「このままでは法事に行くことができない」と、自身の所属する宗派や弁護士に相談した上で、反則金の納付を拒否したのです。

 このまま納付されない状態が続けば、裁判で正式に争われる可能性もありますが、この記事が発行された時点(平成30年12月29日の時点)では、僧侶が所属する宗門も争う方針を見せています。

 私自身も僧衣を着た状態で車を運転することは多々あります。その際に着用するのは「改良衣」と呼ばれる袂の短い簡易的なものがほとんどですが、時には「大衣」と呼ばれる袂の長いものを着用することもあります。その際には必ず紐で結んだりして運転に支障をきたさないよう注意しており、運転中も不具合を感じたことはありません。

 しかしこれは、普段から僧衣を着用している僧侶だからいえることであり、同じように僧衣を身に纏う僧侶ならともかく、実際に僧衣を着たことのない方々には中々理解していただけないのが現状です。

 そこでこの疑問に答えるために、この一連の騒動を知った一部の僧侶がSNS上に投稿したのが、僧衣の機動性を証明する動画でした。この時作られたハッシュタグが「#僧衣でできるもん」であり、これに続くように僧衣を着た状態で様々なアクションに挑戦する動画や、エンジンを切った状態で実際に運転席に乗り込み、運転に支障がでないことを説明する動画が投稿され、現在では国内外のネットニュースや報道番組などで取り上げられているのです。

 これら一連の動向に関しましては、下記のサイトでも詳細にまとめられておりますので、この場を借りてご紹介させていただきます。

へんもブログ「お坊さんが僧衣で運転したら違反なの?!福井の僧侶青切符事件と#僧衣でできるもんについて

そもそもこれは違法なのか?

 そもそも「僧衣を着用した状態での車の運転」は法律で禁止されているのでしょうか?

 確かに国や県が定めた規則では、運転の妨げとなる靴や服装の着用を禁止しています。しかし、具体的な服装の指定はされておらず、曖昧な表現に留まっているのが現状です。そういった意味では今回の騒動は限りなくグレーに近い事案といえます。

 しかし、それとは別に今回の事件で疑問視されているのが、そのような曖昧な状態で取り締まりを行うことが可能なのかどうかという点です。

 取り締まりを行った警察官は、〝袂や裾の部分が車の操作に支障を来す〟として、その場の判断で僧衣での運転を違反としました。しかし現時点での法案では「和服・僧衣の着用を禁ずる」といった具体的な規制がされておらず、違反しているかどうかは今後の裁判で正式に争われる可能性が非常に高くなっています。その場合今回が初めてのケースとなり、正式に違反と認められれば、電車やバスなどの公共交通機関が発達した都市部ならともかく、自家用車での移動がメインとなる僧侶達にとって、今後の在り方を大きく左右する一つの分岐点となるでしょう。

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 では、もし仮に「僧衣を来た状態での運転」が違法と認められた場合、僧侶は一体何を着用してお葬式や法事が行われる会場へ向かえばいいのでしょうか?

 葬祭場や故人宅で行われるお葬式を例に考えるのであれば、着用していく衣装は当然喪服となります。お葬式の会場にパーカーやTシャツなどのカジュアルな出で立ちで参列する大人を、僧侶である私自身見たことがありませんし、私自らそのような格好で「御悼み申し上げます」と遺族の下を訪ねても、服装によっては遺族の感情を逆撫でしたり、哀悼の意を伝えたりすることが難しくなることも考えられます。

 それ以外に法要で着用する僧衣や仏具一式は、大きめの鞄やケースなどに入れた状態で持ち運ぶことになるため、頭部を除けばその姿は完全に「遠方から急いで駆け付けた法要参列者」に見えてしまうことでしょう。宗派によっては有髪が認められているため、見分けることが更に困難になり、葬祭場のスタッフや受付の方はさぞ困惑することでしょう。

もし禁止されたら其の2

 次に問題となるのは僧侶が着替えるための場所の確保です。

 葬祭場の多くは、控室として僧侶の着替え場所を確保しています。しかし、故人の自宅などで法要が行われる場合、部屋の数が限られているため部屋の確保が難しい場合があります。その際に着替える場所といえば、普段使用している一室や廊下、風呂場やお手洗いなどが考えられますが、プライバシーが筒抜けとなります。最後の手段としては自分が運転してきた車の車内が挙げられますが、道路で着替えるのは許されるのでしょうか。

 また、それが一日一箇所一法要だけならともかく、お盆の時期に行われる棚経(檀信徒のお宅を一軒一軒訪問し、ご先祖様方の供養を行う法要)や月経(月命日に自宅で行われる法要)のように一日複数回ともなれば、行く先々で僧衣の着脱を求められます。着替えるだけで一苦労ですし、時間も大幅に遅れることとなるでしょう。(因に、私が使用している僧衣は約4キロあります。)

もし禁止されたら其の3

 3つ目は枕経の存在です。

 枕経とは文字通り亡くなられた故人の枕元で最初に行われる法要です。別名「臨終諷経りんじゅうふぎん」とも呼ばれています。

 今でこそ枕経は死後行われることが主流となったが、本来であれば「臨終」という今際の際を示す言葉の通り、危篤の知らせを受けたらすぐさまそのお宅に駆け付け、その枕元でお経を唱えるというお参りでした。死に臨んだ方々の死に対する不安を取り除き、心穏やかに最期を迎えられるようにとの願いを込めて、お経が詠まれていたのです。

 何時何処で亡くなるかわからない命だからこそ、常に、そしてすぐにお経が唱えられるように、当時の僧侶は僧衣を纏った状態で法要の場へと臨んでおり、その時の作法だけが現代にも受け継がれているのだと私個人は考えています。

 人の死に触れることが多い役目だからこそ、受け継がれてきたのであり、これができなくなることは私個人としては非常に残念でもあります。

問われる僧侶のモラル

 動画を投稿している僧侶達の多くは、僧衣の機動性を証明することによって、運転に支障がないことを呼び掛ける目的で動画を投稿しています。

 しかし、投稿された動画の中にはその枠を飛び越えた内容の動画も少なくありません。むしろ「その技術は本当に車の運転に必要なのですか?」と逆に問いかけたくなるような投稿もあります。時期が時期ということもあり、〝僧侶のかくし芸大会〟と揶揄されるのも不思議ではありません。

 しかし、このまま本来の目的とかけ離れた動画の投稿が続くようで、本来の目的を見失うとだけでなく、もう1つ大切なものを失うことになるでしょう。それは先達たちが築き上げてきた〝僧侶としてのモラル〟です。

 私個人としては、今回の騒動の一つの側面に、僧侶のことに興味を持ってもらい、従来のイメージを変化させようとする動きがあるように感じています。しかし、イメージを変化させるということは、今まで築き上げてきたものに更に新しいものをプラスするということです。それが良い方向に働けばいいのですが、悪い方に働いた場合、イメージが悪化するなどの不具合が生じた時、慌てて余分なものを削り落としたところで、一度着いてしまったイメージはそう簡単に修正できるものではありません。強烈なイメージ戦略は、それ自体が諸刃の剣であるということを重々承知しなければならないのです。

 私としては従来のイメージを変えていくことには大きく賛成です。しかし、それと同時に〝超えてはならない一線〟があるということを理解した上で行動してほしいとも願っています。僧侶が始めたこの騒動を収束させるのは、他でもない僧侶自身なのです。

終わりに

 SNS上で話題となっている今回の問題。多くの方々が僧侶達の行動や動画について様々な意見を投げかけています。社会に何かしらの反応を与えたという点では一つの成功といえるでしょう。

 今回の出来事をきっかけに明確な法制度がなされるのであれば、それに従うのは車を扱う者としての義務であり、責任でもあります。

 結果が出るまで今しばらく時間が掛かるかと思いますが、曖昧のまま終わらせるのではなく、是非ともはっきりとした結論を出してほしいものです。

【追記:2019年1月28日】

 各種メディアの報道によると、福井県警は男性僧侶からの聞き取りなどの調査を行った結果、違反事実が認められなかったとして検察庁への送検を行わないことを今月26日に発表しました。これによって一連の騒動は一応の幕引きを迎えたことになります。

 しかし、僧侶側が問題としていた「僧衣を着用した状態での運転の可否」に関する法的な判断も結論が出ずに終わってしまい、歯切れの悪い結果となってしまいました。この問題に関しては是非明確な判断基準を設けていただきたいものです。

 その一方で、自動車の誤操作や意図的な危険運転などが各地で発生していることも事実であり、それらによって多くの死傷者が出ていることもまた事実です。今月だけでも、少なくとも2つの危険運転に関する事件の裁判が行われ、その両方で有罪の判決が下されました。

 今回「僧衣による運転」は違法とは認められませんでしたが、本当に危険なのは「服」ではなくそれを身に纏っている「人」であるということを忘れてはいけません。

 自動車を運転される方は是非、常日頃から服装だけでなく自分の身心の状態にも意識を向けていただき、安全な運転を心掛けていただければと思います。

参考資料・リンク

・読売新聞「僧衣で運転 反則切符」(12月29日発行 社会面28ページ)

東京新聞「「運転支障」反則切符 僧侶たちが動画で反論 #僧衣でできるもん」

へんもブログ「お坊さんが僧衣で運転したら違反なの?!福井の僧侶青切符事件と#僧衣でできるもんについて

 

【追記分】

朝日新聞デジタル「僧衣で運転、交通違反切符 警察一転「違反確認できず」」

中日新聞WEB「僧衣運転 書類送検せず 県警一転「違反認定できず」」

 

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